私の介護観(特別養護老人ホーム ミネルヴァあべの 濵原 賢次)
2024年12月13日 更新
『ミネルヴァあべの』は大阪市南部の阿倍野区にあります。大阪といえば賑やかな下町風の街並みを想像される方も多いかと思いますが、当ホームのある場所は一歩路地に入ると閑静な住宅地が広がっており、利便性の高さから大阪市内のベッドタウンにあたるエリアにございます。
今回、初めてのブログ執筆ということで、何を書こうか非常に迷いました。これまでの当ホームでのユニットケアの歩みについてもたくさん書きたいことがありますが、当ホームにつきましては、実地研修施設のページをご参照いただくとして、ここではあえて私の介護観についてお話させていただきたいと思います。
実は私事ですが、1か月程前に体調を崩し入院した時の話です。めまいがひどく、点滴も効果なく寝返りも打てない状態で一晩過ごすことになりました。病室には時計はありましたが、動けないためそれを見ることもできません。日々動いている時の1日はあっという間に過ぎていくのに、暗闇の中にて自分で動けない時の一晩はとてつもなく長く感じました。
しばらくして尿意を催しましたが、横に置いてあるはずのナースコールも取れず看護師が来るのを待つしかありませんでした。その後来ていただいた際もトイレに行くことが出来なかったため、介護士の方に尿器を使って介助してもらうことになりました。しかしなかなかうまく出すことが出来ません。その介護士の方が私を安心させるような言葉がけをしてくださり、最終的に出すことが出来ましたが、症状が落ち着いてきた際にその時のことを振り返ると、ミネルヴァの入居者の方の気持ちが少しわかるような気がしました。
自分一人でしたいことが出来ない時は誰かに助けてもらう必要があります。介護の場面では排泄や食事、着替えもそうです。今回、私は排泄も着替えも一人で出来ず介助を受ける側になりました。その時の気持ちとしては、恥ずかしさもありましたが、それ以上に他の方の介助で忙しいのに手を煩わせて申し訳ないという気持ちをより強く感じました。そのように考えると、入居者の方もお願いしたくても遠慮していることもあるかもしれない、トイレで排泄する力があるのに気持ちを我慢してオムツでやむなく排泄されている方もいるかもしれない。そんな気持ちを職員は理解し、自分の力でやりたいこと・出来ることに寄り添うこと、そしてプライバシーの配慮についての大切さも当事者として学ぶこととなりました。
入居者の想いを日々の関わりの中から想像し、自らのものとして感じる力が職員には必要です。ユニットケアに携わる職員の皆様、日々本当に大変な仕事であるとともに、かけがえのない仕事をされています。そのようなことを伝えていくのも施設長の責務であると感じました。
「わたしがわたしらしく心地良い居場所」を目指して(特別養護老人ホーム第Ⅱあま恵寿荘 加藤 美由紀)
2024年11月15日 更新
こんにちは。今年度よりユニットリーダー研修実地研修施設となりました、愛知県にある特別養護老人ホーム第Ⅱあま恵寿荘、加藤です。
私事になりますが、地域から施設にギアチェンジして早15年となりました。初めて施設の生活に触れた時、頭の中にはたくさんの「???」がありました。これまで地域の中で暮らしている高齢者の生活について、問題の大なり小なりはあったとしても、それぞれが自分の生き方、暮らし方をしている、それはごく当たり前の日常でした。それが、自宅から施設に移った途端、その人らしい生き方が見失われ、当たり前が当たり前でなくなり、暮らしとは程遠い現状に「???」と共に衝撃もありました。
10年前、法人で初めてユニット型の施設を開設することになった時、ユニット型であれば、「わたしがわたしらしい心地良い居場所」を作ることが出来るのではと思いました。けれど形はユニット型であっても、そこにユニットケアの理解がないとこれまでと何ら変わることのない現状に「???」と共に打ちのめされ、自分の甘さを痛感しました。
それから10年近く・・・どういう経緯でユニットリーダー研修実地研修施設までたどり着いたのかは話せば長~い一つの物語であり、ここで書くには長すぎて足りません。けれど、もしそんな話でもご興味があればぜひ、第Ⅱあま恵寿荘へ実習や遊びに来てください(笑)。
そして、今回、ユニットリーダー研修実地研修施設に指定されるまでに、本当にたくさんの方に支えていただきました。そして同じ方向を見るたくさんの素晴らしい仲間にも恵まれました。みんなにこの場を借りて心から感謝を伝えたいと思います。そしてまだスタートラインに立ったばかりです。これからも懲りずにどうぞ「共に」よろしくお願いします。
暮らす人も支える人も共に敬い
暮らす人も支える人も共に自分らしく
暮らす人も支える人も共に支え合う心地良い居場所
第Ⅱあま恵寿荘は暮らす人も家族も働く人もすべての人が「わたしがわたしらしく心地良い居場所」であることを目指します。
私の中のユニットケアのはじまり ~ミーちゃんの思い出~(介護老人福祉施設IGLナーシングホームシャレー 渡辺 正子)
2024年10月15日 更新
このお話は今から35年前の私が、介護職員として働き始めてから2年目の出来事です。
私の施設に70歳のご婦人が入居されました。
その入居者は、キューピーのお人形にたくさんの布を巻き、胸に抱えてあやすように大事に抱えていらっしゃいました。彼女の視力はほとんどゼロで、彼女の右の眼の前でスタッフが手で大きく字を書くことで、一文字ごとの理解が出来ます。後は身振り手振り、全身を使って意思伝達、意思確認をしていきます。
私から入居者に「だれ?」と書くと、かすかな声で「ミーちゃん」と答えました。彼女はベッドの上でも、中央はミーちゃんに譲り、自分は今にも落ちそうな端で寄り添って休まれています。食事をする時も、まずはミーちゃんの口にパンを運び、その上から牛乳を運び・・・。当然、キューピーのミーちゃんの口では納まらず、床へと流れ落ちていきます。ミーちゃんの食事が終わるとようやく、ゆっくりと彼女の食事が始まります。これが、毎食事時間の光景です。トイレに行く時だって、抱っこして一時も離れることはありません。
そんな彼女は、入居から一週間、一度も入浴が出来ていませんでした。私は、こう呼びかけてみました。
私 「ミーちゃん、汚れてる。かわいそう・・・・・。」
彼女「・・・・・」(ちょっと困った顔)
私 「一緒にお風呂に入れてあげませんか?お手伝いしますよ!」
その結果、身振り手振りと指文字で一緒にお風呂の準備から始めました。タライに湯を張り、バスタオルを広げ、彼女の手を取りゆっくりとタライの中に手を入れてみました。
すると、なんと彼女は、優しい笑顔で優しくミーちゃんの服を脱がされ、入浴を一緒に行うことが出来ました。
さらに、ミーちゃんの入浴が終わると、自ら隅の方で服を脱ぎ始めました。そして、自分で頭を洗い、体を洗い始め・・・、もうここからは言葉はいりませんでした。
とても貴重な経験をさせていただきました。
彼女は障害のあることが理由でしょうか。
出産後直ぐに子どもと引き離されて生活をされていたことを聞き、「一番大切なミーちゃんを私たちスタッフも大切にし、その人の人生に思いを寄せ一緒に生きること」こそ、今も昔も変わらない「良く生きる」事への支援なのでしょう。これからも、ケアの視点は変わらず「尊厳が守られ、自分らしく生きる」ユニットケアそのものだと思います。
現在、私は76歳、施設長ですが、仕事が楽しい、日々進化する介護技術、ユニットケアの視点を学んだこと、実習施設になったことで、まだ、また、ただ知りたい、学びたいことが沢山あります。35年前にこの仕事を選んでよかった、と改めて思っている。いつまで現役で楽しめるのか・・・・。